あいつはどんな一生だったのかナ?
北海道も熱帯夜に近い寝苦しい夜もありまして、アルコールを大量に摂取しても、眠れない。
枕元に積んである大量の本の山から引っ張り出したのがGⅠ馬を紹介した雑誌で、パラパラめくっていると馬の顔写真と横に『オサイチジョウジ』の名前が、懐かしい名前だ。
1990年5月13日 第40回『安田記念(GⅠ)』
             一着 オグリキャップ  (一番人気)
             二着 ヤエノムテキ   (四番人気)
             三着 オサイチジョージ (二番人気)

1990年6月10日 第31回『宝塚記念(GⅠ)』 ←ここをクリックでレースが見れます。            
             一着 ・・・・・ 5番 オサイチジョージ (三番人気)
             二着 ・・・・・ 6番 オグリキャップ  (一番人気)
             三着 ・・・・・ 1番 ヤエノムテキ   (四番人気)

競走馬を引退した後どのような種牡馬生活を送り、最後はどうだったのかたのか知りたくて蒸し暑い部屋でネットや本で探し始めたわけです。
知ったところで次にこの馬、同じ末路を辿りそうと察知できてもその知った事を役立たせることなんて出来やしねぇんです。どっちみちその馬を、どうする事も出来ないのだし末路を知った上で馬券に「外れ・外れ・またまた外れ・ンん当たった!で、またまた外れの連続」もいいにではないかと?自分の好きな馬や幾らかでも懐を潤わせてくれた馬が天寿を全うしてくれるよう馬券と声援で応援するしか出来ない。
人間様も団塊世代がド~ォバァ~っと塊になって老いていく、競走馬の行く末を他人(他馬)事と思えないと云ったところが本音っすナ。
オサイチジョージの終わりは薄々知ってはいたが調べるうちに「グッ」とくるものがあったって訳ですヨ。
引退後新冠町の牧場で、1992年から種牡馬生活にはいったが、30万という安さもあって初年度、2年目と70頭近い種付け頭数も以後激減、産駒も活躍せず1999年に用途変更、以後行方不明(食肉)となった。
同じ馬主の所有馬で『皇帝賞』勝ち馬のオサイチブレベストも同じ末路を辿ったそうです。


オサイチジョージの産駒でヤマノシルエットという牝馬がいた。所属していた中津競馬場の廃止の時にあまりにも時間がなく引き取り先を探す時間すらなかったのか食肉業者を通さず屠殺場に直行した競走馬がヤマノシルエットを含めて200頭が処分された。
その出来事を当時の『週刊現代』で処分の様子を撮った写真を掲載している。

                 




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by bacamasa | 2008-08-08 19:08 | 競馬 | Comments(0)
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